国鉄時代の鳥栖②【ブルートレインみずほ】
鳥栖駅では夕方になると長距離夜行列車の発着のラッシュとなります。まず東京行きの寝台列車、大阪京都名古屋行きの急行列車、最後に関西寝台特急と続きます。
中学2年の頃、これらの列車撮影を狙って福岡の親戚の家へ訪問途中、肥前山口で撮影を楽しんだ後、鳥栖へ出かけました。当時鳥栖は私にとって鉄道の聖地で一番好きな場所でした。
下の写真は寝台特急「みずほ」です。鳥栖駅で長崎発と熊本発が併結し東京へ向かいます。新幹線博多開業までは「はやぶさ」が長崎まで運行していました。
この時代の長距離移動は、飛行機より夜行列車が主流で、ブルートレインブームもあり寝台特急の最盛期でした。東京行きには食堂車もついており華やかな時代です。
寝台特急のヘッドマークは東京発以外は廃止されていました。関西発も新幹線博多開業以降廃止、九州では昭和47年に廃止。機関車には特急らしさはありませんでした。列車を見分けるのはもっぱら最後尾の列車名表示のみでした。その後、サービス向上の目的で昭和59年2月のダイヤ改正で、正式に九州地区でヘッドマークが復活しました。
この「みずほ」列車は、JRへの民営化も残ります。当時長崎発の東京行は「さくら」と「みずほ」の2本立でした。しかしこの列車は、東京~九州ブルートレインの衰退・削減の象徴でもあるかのように1994年12月、真っ先に廃止されてしまいました。
さておき、当時の私はこれより夕方遅く、急行列車で博多まで行きました。当時浪人中の兄やいとこ、今はなき叔父・伯母のあたたかい歓待を受け、とても充実した鉄道旅行を楽しむことができました。